
あの世界的に知られる屋敷豪太さん(以下、親しみを込めて豪太さん)が
最新ソロ・アルバム『THE FAR EASTERN CIRCUS』をリリースするというニュースが飛び込んで来ました。
日本では堂本兄弟のドラマーとしてお茶の間でも知られる豪太さんですが、
それは世を忍ぶ仮の姿(笑)。
実は、伝説的レゲエ・バンド、MUTE BEATのドラマーで、日本のオリジナルHIP HOPクルー、MELONの一員で、音楽の歴史に燦然と輝くグラウンド・ビート(SOUL II SOULに代表される90年代UKソウルの一大トレンド)の発案者にして、世界的なスーパー・スター・グループ、Simply Redの元メンバー。
ま、皆さんご存知ですよね?
ご本人から聞いたことがあるんですが、何でもSimply Redのブラジル公演では、路上が会場になっていて(リオのカーニバル中?)、何十万人という人がやって来て、ステージから反対側の端が見えなかった!なんて逸話も・・・(驚)。
そんな日本の音楽界でも最高峰に位置する豪太さんの、新作。何と、ドラムは当然のことながら、歌、プロデュースのみならず、レーベルの運営、ロゴやサイトのデザイン、アート・ディレクション、映像の監修まで全てご自分でやられているそうなんです。
そう、僕が5年前から提唱している”全業のススメ”を、まさに豪太さんは実践しておられるです。
あ、いきなり"全業のススメ"って言われても何のことか判らないですよね?
僕の個人ブログを読んで頂くと判り易いんですが、長いのでかいつまんで説明します。
要するに、音楽界をサバイヴして行くには、何から何まで自分でやるのがいいよ!という提案なんです。専業でも副業でも兼業でもなく、全業。つまり、中抜きされることもないし、コストの削減も出来るし、作った本人の情熱がダイレクトにリスナーに伝わるんじゃないかなと。ちなみに、この全業には垂直型と水平型があって、垂直型は自分の作品の一から十までの全てを1人でこなす全業。これに対して水平型というのは、音楽を軸にしながら関連したビジネスを手広く拡げて行くタイプの全業。豪太さんは前者で、僕は後者ですね。
あの、屋敷豪太さんが、全業スタイルに取り組むのは非常にニュース・バリューが高いと思うんです。何故なら、僕みたいな比較的アンダーグラウンドなシーンで知られる音楽家が、薄利多売で生き残る為に全業に取り組むのではなく、豪太さんのような世界的に知名度のある音楽家ですら、全業に取り組む時代なのだと!ま、僕の予言?を実証して頂いているかのような書き方は恐れ多いのですが・・・。
アメリカやヨーロッパではApple MusicやSpotify等の定額サービスの普及で音楽産業が息を吹き返し、右肩上がりの再成長を始めたという話を耳にしたりもします。ただ、日本ではまだまだCDのセールスは低下中。ついでに配信も頭打ち。しかも定額サービスも発展途上ということで決して音楽産業を巡る状況はいいとは言えません。そして、ライブ・ビジネスが盛況とは言え、国内の大物でさえも無料出演を強要する音楽フェスが人気だったりしてミュージシャンにとって決してウエルカムな状況でもない。勿論、売れて成立してる人がいない訳ではないですが、メーカー的には売れるもの、或は、売れているものに似ているものに力を注がざるを得ないのが現状ですし、新人や時間をかけて売れて行くであろう作品への投資はますます厳しくなって行く訳です。
そんな時代に、豪太さんが自分でレーベルを立ち上げ、好きな音楽をリリースして行く、しかも、一時代どころか、何時代をも築き上げ、僕みたいに"かつかつ"で生きていないスターがDIY的に全業でアルバムを制作するのは、大きなトピックなのではないでしょうか?きっと、もう、誰かに"頼んで出してもらう"時代ではない、のではないのかもしれません。
勿論、僕はレコード会社を否定している訳ではありません。豪太さんのレーベルも軌道に乗ればレコード会社化して行くかもしれませんよね?そもそも有能なディレクターによる質の判断や才能の発掘、又、プロモーターの宣伝力や広告戦略は素人が真似することが出来ない特殊な才能です。アーティストがデジタル・データを簡単にアップロード出来るようになったのはいいことですが、よっぽど客観視できる能力がないと第三者のフィルターを通過しない独りよがりな作品になってしまいます。それに、音楽の認知を高める人脈やアイデアを、音楽を作る人に求めるのは酷だとも思われるからです。本来は餅は餅屋な筈なんです。
それでも僕が全業をススメるのは、単に不況だからということではなく、自由度が高まるからなんですよね。売れるものを作れ!売れなかったらクビ!売れることイコール成功!みたいな幻想から解放されると思うんです。そりゃ、売れた方がいいですよ。1人でも多くの人に聴いてもらえることは音楽家なら誰だって嬉しいでしょう。でも、売れる為にやりたくない事をやらされたり、売れてないと音楽家として失格だと非難される苦痛から解き放たれるんです。好きな音楽を作る自由を手に入れられるのが全業の魅力なのです。
豪太さんのアルバム、『THE FAR EASTERN CIRCUS』にはそんな自由が充満しています。SOUL II SOULではブラック・ミュージックのグルーヴを体現するドラマーとして、Simply Red時代にはポップ・ブループの名ドラマーとして世界に名を馳せた訳ですが、本作の印象は大人のロック。リリースされたばかりだと言うのに、ロックの名盤的な風格が漂っています。1曲目から最後まで壮大なスケールを感じさせるストーリーがあり、様々なスタイルを消化した折衷音楽としての完成度も非常に高い。まさに世界を股にかけて活躍して来た彼にしか表現できない独自の世界観が提示されています。何と作詞は今年で結成40周年を迎えたYMOにも作品を提供して来たクリス・モスデルさん(京都にもお住まいがあるとか)が担当。しかも、ギターがあのレジェンド、Charさんだったり(京都で録音!)、日本国内で最も先鋭的なDJプレイを聴かせる大沢伸一氏(京都が誇る才人)がプロデュースを手掛けた楽曲も収録されているサプライズもあります。
この大御所感と現在のエッジ感を両立させたアルバムの中で、僕が個人的に気に入っているのは「Sister Sun」。豪太さんのファンキーな部分がそこはかとなく漂う、UKソウルを彷彿とさせるセクシーな1曲。独特のレイドバックしたリズムと浮遊感を持ちながら、終盤にはドラムン・ベース的にビートが倍速になり一気にテンションが上がる"洒落た"楽曲でもあります。なのに!え、ここで突き放すの?という予想を裏切るエンディングも粋なんですよねぇ。
日本に帰国された後は京都に移住。最近では故郷の綾部に居を構えられた豪太さんの、時代を超越したマイ・ペースなアルバムは、まさにレコード会社を離れ、全業だからこそなし得た貴重な作品だと言えるでしょう。そこには長いキャリアとその実績があるからこそ辿り着いた彼の理想の境地が広がっています。中ジャケは綾部地方の雲海の写真が使われているのですが、まさにそれは、豪太さんの心象風景なのかもしれません。ちなみに紙も綾部産の黒谷和紙を使用しているとのこと。高級和紙の性質上印刷ができないので、豪太さん自らハンコを押して手書きでシリアル番号を入れるという丁寧な仕上がり。一部データのやり取りと東京でのセッションを除いてアルバムの録音はほぼ京都で行われたことからも、ディレクター屋敷豪太曰く、全てが"Made In Kyoto"なのだと断言されていたりもします。本作は、彼の現時点の到達点であると共に、後続する音楽家達の一つの指針になるに違いありません。
